小児甲状腺がんは放射線被曝による
―「科学的」と称するデータ処理で真逆の結果を導くことができるー
―原子力ムラ専門家の歴史ねつ造を許してはならないー
矢ヶ﨑克馬
論説「小児甲状腺がんは放射線被曝による」
初めに 事故後の高率発生
チェルノブイリ事故後において健康被害としてIAEA等の原子力ロビーが認めざるを得なかった疾病は唯一甲状腺がんである。事故に於いて大量の放射性ヨウ素が放出されたこと、血液に入ったヨウ素の10~30%が甲状腺に運ばれること等が「甲状腺がん増加」の理由だ。
東電事故後、報告されている最も懸念すべき健康被害は子どもに出ている被害であろう1,2)。
多発する小児甲状腺がんは第42回福島県民健康調査検討委員会発表で、2021年7月26日現在で260人, 手術者219人、がん確定は218人、集計漏れ19人に及んでいる3⑩)。平時の小児甲状腺がんは年間100万人に1人弱と少ないがその数十~百倍の確率で発生している。
多発する小児甲状腺がんについては「スクリーニング効果4)」(それまで検査をしていなかった人に対して一気に幅広く検査を行うと、無症状で無自覚な病気や有所見〈正常とは異なる検査結果〉が高い頻度で見つかる事)と言われてきた。福島県健康調査検討委員会はそれまでの「小児甲状腺がんと原発事故との間には関係が見いだせない」としてきたところを、一昨年(2019年)、「甲状腺検査本格検査(検査 2 回目)に発見された甲状腺がんと放射線被曝との間の関連は認められない」と断言した5①、②)。これを受けて、国連科学委員会は「県民に被曝の影響によるがんの増加は報告されておらず、今後もがんの増加が確認される可能性は低い」と評価した5③)。が、反面いくつかの科学論文6)が出され「放射線被曝による発症率増加」であると結論している。
県民健康調査検討委員会が甲状腺調査結果を処理する分析手段・方法は、原爆での内部被曝を「科学的」に隠蔽した『DS86』第6章の「客観的事実を否定する反科学的方法論(矢ヶ﨑克馬:隠された被曝(新日本出版、2010))に酷似する。行政が安定ヨウ素剤を子どもを重点とする全住民に処方しなかった責任追及を逃れるために、調査を装って小児甲状腺がんが放射線被曝に依存することを隠蔽する目的意思を持っていると判断せざるを得ない。科学方法論の原則を無視した処理方法が甲状腺被爆線量の評価からがんの確認に至るまで全てが「科学とは言えない方法」を執る。本レポートはその点を明らかにするメモである。
(1)甲状腺被曝線量測定について
(チェルノブイリのデータと日本のデータは比較可能な科学データか?)
国連科学委員会の判断の基礎には福島で記録された甲状腺被曝量測定数がチェルノブイリに比して非常に少なく(全測定:1080人)、かつ測定方法が信頼性に欠けるという問題点がある。厚労省によると自ら、「このデータは、限られた住民に対して行われた調査のものであり、全体を反映するものではない」としているにも拘わらず、「検査を受けた子供全員の甲状腺被ばく線量が50ミリシーベルト以下であり、国連科学委員会(UNSCEAR)によるチェルノブイリ原発事故での甲状腺被ばく線量に関する解析7②)では、小児甲状腺がんの発生の増加が見られたベラルーシでの小児甲状腺被ばく線量は、特に避難した集団で0.2~5.0シーベルトあるいは5.0シーベルト以上といった値が示されており、福島県で調査された甲状腺被ばく線量より二桁も大きい値となっています」と矛盾した情報操作をしているのだ。
しかし、ウクライナにおける小児甲状腺がんの51.3%が100mSv以下である(10mSv未満:15.5%、10~50mSv未満:20.6%、50~100mSv未満:15.1%)3⑥)ことが判明していて、「フクシマは被曝線量が低いから甲状腺がんはあり得ない」という主張の根拠を否定する。
図3に日本政府の示している甲状腺被曝線量の比較図を示す3⑦)。
ベラルーシの調査は1986年事故直後2ヶ月以内の13万人の測定がデータベースとなり例えばCardis 氏等3③)の論文によれば15才以下の1500人に付いてホールボディーカウンター(WBC)での測定した線量推定が綿密になされている。チェルノブイリ周辺国ではスペクトロメーター(核種が判定できる測定器)、WBC等を駆使して、全数35万人に及ぶ核種別の放射線被曝量の調査が行われている。日本政府はチェルノブイリ周辺国とは対照的に、政府の責任で甲状腺線量測定を実施しなかったのだ。目的意識、義務意識を持って測定態勢を全く組織しなかったのである。その上に指摘しなければならないことは、政府の行った測定は精密検査では無く、「測定」と評価することが難しいほどのずさんな測定である。適切さを欠くわずかな「データ」が得られているのみである。政府データ図にはわざわざ「このデータは限られた住民に対して行われた調査によるものであり、上記したが、全体を反映するものではない」と書かれている(図3)。しかしこれが国際的な被曝線量比較のデータとされてしまっているのである。
図3 日本政府の示している甲状腺被曝線量の比較図
(測定された地域は汚染地域を代表するものではない)
日本のデータはどのようにして取られたか?
2011年3月23日までに緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)によって「1才児の甲状腺等価線量が100mSv以上となる」と予測されたのは11市町村に渡る地域である(図4)。具体的にはいわき市、南相馬市、大熊町、双葉町、浪江町、川俣町、富岡町、楢葉町、広野町、飯舘村、葛尾村3②)である。
原子力災害現地対策本部は2011年3月26~30日に福島県のいわき市、川俣町、飯館村で0~15才の子ども1080人の子ども達に甲状腺の簡易な被曝調査を行った。空間線量率用のシンチレーションサーベイメーターを使った測定である。この測定地域は、
100ミリシーベルト予測範囲を辛うじて含む地域であり、予測範囲を代表するような意味を持たない。図4にSPEEDIで予測された甲状腺被曝100mSv以上のゾーンと避難区域及び屋内退避区域に対する甲状腺量測定がなされた区域を示す。測定を行った3市町村の位置と100ミリシーベルト予測範囲を確認していただきたい。また福島県に限定することを許したと仮定しても、県民健康調査検討委員会の対象として37万人の小児に対してたったの1080人である。
甲状腺線量が測定された川俣町はそもそも避難指示区域(20km圏内)にも屋内退避指示区域(30km圏内)にも該当していない地域であり、いわき市、飯舘村は避難指示区域(20km圏内)の圏外で、屋内退避指示区域(30km圏内)に一部ひっかかっているにすぎない地域である。一番被曝線量の多いと予想される地域はもとより、100mSv以上を予測された地域大部分での測定は対象となっていない。他の測定目的のついでに測ったに過ぎない。
(測定方法は定量的議論には不適切な、測定の基準に達しないものである)
測定方法は上述のように空間線量率測定用のシンチレーションサーベイメーターを用いて行われた。ヨウ素131とセシウム137等の識別はできずガンマ線全ての合算値である。
この測定は、測定プローブを甲状腺に押し当てて測定した値からバックグラウンドの値を引くものである。甲状腺被曝の有無を大雑把に判断する手段であり、バックグラウンドの値より測定目的である甲状腺線量が一桁以上大きいときに初めて定量的な意味をなすが、測定結果を見るとこの条件は満たされていない。得られる値は定量的意味がほとんど無く、「目安」としても意味は薄いものである。
バックグラウンドの放射線量は測定プローブを甲状腺に押し当てた時に甲状腺周囲の首、頭、胴体などの遮蔽を受け、甲状腺に押しつけた状況でのバックグラウンドの測定精度は著しく落ちる。さらに、甲状腺被曝線量100ミリシーベルトを空間線量率に換算すると約0.2μSv/hとなり、バックグラウンドが0.2μSv/h以上の環境では、得られる値は定量的な意味をなさない。しかし原子力安全委員会事務局の資料2によれば、バックグラウンドの値が0.2μSv/hを上回る多くのデータが報告されており、特に山木屋での被測定者全員(37名)のバックグラウンドは2.4~2.9μSv/hと報告されている3⑧)。
図4 甲状腺被曝100ミリシーベルト予測圏と国による測定地域(灰色区域): 予測圏内を代表できる値では無い。また、福島県37万人の小児に対してたった1080人である。
(測定方法の違反)
さらに科学的方法の問題点として測定実施上の原理的方法違反がある。バックグラウンドとして空間線量率(地上1mの高さの空気の1時間当たりの実効線量)を測定すべきところを、衣服の汚染を伴う肩周辺に測定器を押し当てて、「バックグラウンド」とした3⑧)。衣服などは大概の場合、放射性微粒子の付着により空間線量率よりも大きな値を示す。バックグラウンドの過大評価、すなわち甲状腺被曝線量の過小評価を行ったのである。簡易測定であるとしてもその測定スタンダードを満たしていない測定であることが報告書を見れば歴然と判明する3⑧)。
用いた測定器具と方法の両者から判断して正確な計測値は得られていないと判断すべきだ。
(測定値の実態)
この被曝調査でもっとも甲状腺等価線量が高かったのは福島第一原発から直線距離で約40kmのいわき市役所の近く(図4で100ミリシーベルト圏最南端付近)に住んでいた4才児で甲状腺等価線量35ミリシーベルトだ。ここでの測定はこの地域の対象児童生徒数の0.2%(100mSv予測圏内23人、圏外106人)しか測定していないのである。また、市からは事前の声かけ(通告)は無く、たまたま市役所に来ていた小児に測定は限定されている
日本の最大測定数1080人のデータ自体が信頼に足る有意な測定値ではないのである。これが、驚くべきことか、チェルノブイリの被曝線量と比較されているのである。
このような値をベラルーシの測定と比較すること自体が意味あるものではない。いい加減に測定した値が一人歩きして「日本の甲状腺被曝量はチェルノブイリの100分の1にも満たない」等言われているのである。
付言すれば、弘前大学の床次眞司教授のグループがガンマ線スペクトロサーベイメータを使った甲状腺の被曝調査を行った。福島原発事故から1か月後の2011年4月12~16日に福島県の浪江町民17人、福島市に避難していた南相馬市民45人の合計62人に対して行ったものだ。年齢制限はなかったので0才~83才まで幅広い年齢層が検査を受けた。1ヶ月後のこの時、最も甲状腺被曝量が高かったのは40代の方で33ミリシーベルトだった。ヨウ素131の半減期は8日であるから3月15日のヨウ素放出開始日から数えておよそ線量が8.80%~6.25%に軽減されている時の測定値である。初期値は375~528ミリシーベルトほどである。
残念ながらこの測定は福島県からの「市民に不安を与える」という抗議で測定は中止されてしまった。
(「スクリーニング効果」を否定する根拠は、調査データそのものと山下氏等の調査で明瞭)
国連科学委員会あるいは福島県県民健康調査検討委員会が主張する「スクリーニング効果」の根拠となる線量比較は比較自体が成り立たない似而非測定の結果を利用しているに過ぎない。また、同委員会自体が行った甲状腺健診の結果はスクリーニング効果を否定している。
(1)現実の「がん罹患者が通常より二桁も多いのはスクリーニング効果の結果」とする説を否定する結果が福島県県民健康調査検討委員会の測定結果そのものに現れている。1巡目の有病者は116名、2巡目は71名。いずれも世界の小児甲状腺がんの通常の発生率を2~3桁も上回る値である。もし、「スクリーニング効果で将来発見されるべき甲状腺がんを精密測定で先取りしている」のならば、1巡目で網羅されるはずであり、2巡目で新たに現れるはずがない。
ここで検査の方法などを紹介する。
(検査の方法/順序)
検査はまず甲状腺エコー所見に従って A1、A2、B、C の判定を行う。
ここで、A1、A2、B、C判定は以下の基準である。 A1:のう胞、結節ともに、その存在が認められなかった状態。 A2:大きさが 20mm 以下ののう胞、又は、5mm 以下の結節が認められる。 B:大きさが 20.1mm 以上ののう胞、又は、5.1mm 以上の結節。 C:すみやかに2次検査を実施した方がよいとの判断。
その結果BないしC判定となった者が「要精査」とされ、2次検査に回される。 2次検査では詳細な超音波検査や血液検査、尿検査、細胞診を行う。
第42回県民健康調査検討委員会(2021年7月26日)発表までの結果を図5にまとめた。
図5 福島県民健康調査甲状腺検査結果(崎山比早子氏提供)
特徴的な事柄は、今までの常識に反して、がんに判定されるまでの成長速度が早いことである。図5に示されているが、5回の検査を通じて、検出不能だった前回調査から約2年間で5.1mm以上に成長した者が計48人もいることである。これはれっきとした科学記録である。このことが語る非常に重要な情報は、「東電事故後の小児甲状腺がんの多くは非常に短い期間で増殖し大きくなる」ということである。これはれっきとした福島県の調査によって現れた事実であり、「あり得ない」と経験主義により客観的事実を否定して片づけられるものではない。
(2)2巡目で「悪性ないし悪性疑い」と判断された71名は、1巡目での判定はA1:33名、A2;32名、B:5名未受診:1名となっている。短期間で成長した「悪性ないし悪性疑い」が多数発見された。がんが疑われる大きさまで組織が増殖することはスクリーニング効果では決して説明できない3⑨)。
しかも毎回の有病発見率が1巡目と同程度に「高率」であること自体がスクリーニング効果ではあり得ないことを物語っている。
(3)山下俊一氏グループ3⑤)はチェルノブイリ原発事故後重要な調査を行っている。原子炉事故日:1986年4月26日にすでに産まれていてヨウ素を吸い込み内部被曝をした子供達と、チェルノブイリ原発事故後しばらくしてから生まれヨウ素を吸い込まなかった子供達との間に小児甲状腺がんの発症率に違いがあるかどうかを調査した。それぞれの子どもを1万人程度ずつスクリーニングしている。チェルノブイリ原発事故当時に生まれていた(1986年4月26日以前出生)子供達の結果は31人(9720人中)が甲状腺がんと判定され、生まれていなかった子ども(1987年1月以降出生)のがん判定はゼロ人(9472人中)だった。このことは明確にスクリーニングをしても被曝をしていない子どもには甲状腺がんが発生していないことを示している。
福島県での甲状腺検査結果を「スクリーニング効果」という理屈は山下氏自体が研究した結果により破綻している。
上記事実は、検査方法により検出確率が飛躍的に増大したことを理由に現場のデータを分析すること無く、放射線被曝の可能性を否定すること自体が非科学的であることを示している。同時に県民健康調査委員会が行ったデータ競りが科学的でないことを示すものである(下記)。
(2)甲状腺がん有病率と放射線被曝
福島県県民調査委員会の奇怪な『科学的』検討
福島県県民健康調査検討委員会による健康調査は、原発事故当時18才以下の者に対して1巡目から4巡目(3~4巡目は途上)まで実施されている。とりまとめられているのは2巡目までである。対象者は約38万人のところ1巡目は30万人、2巡目は約28万人に実施された。当初地域割りは避難区域、中通り、浜通り、会津地方と4区分されており、「悪性ないし悪性の疑い」の発見率は、1巡目は、地域差は明瞭には見られないとされ「放射線の影響とは考えにくい」とされた。2巡目は「被曝線量の高かったほど高い」とされ1巡目の結果を否定するところとなった。濱岡氏5④)が検査結果をまとめたグラフを図6に示す。
図6 1巡目と2巡目の有病率のオッズ比の地域区分依存5④) 地域区分の順序は汚染強度の順序と一致している。
土地汚染状況は会津、浜通り、中通り、避難区域の順に大きくなっている。1巡目は地域(汚染状況を反映している)には依存していないが、2巡目は汚染状況が大きくなるにつれて有病率(オッズ比)は高くなっており、有病率が汚染程度に正に依存することが示された。しかるに「部会まとめ」(2018年10月)では、それまでの地域分け(会津、浜通り、中通り、避難区域)を突然国連科学委員会(UNSCEAR)で推計された年齢別市町村別の「推計甲状腺線量」7③)を用いて整理し直した。そこでは図6で2巡目として示されている汚染度に依存する相関はなくなった。しかも5才以下を除外し、6~14才と15才以上の2集団に分け、この2集団の地域区分は統一せず、食い違いのある地域区分で行った。地域の汚染データは実測値であるが、UNSCEARの推計甲状腺被曝量は飽くまで推計計算値であり、非確実性要素が増大している2次データである。これは実測値を元にしてはいるが、様々な仮定を含む計算値なのである。UNSCEARの甲状腺線量の値に従って区分を改めると、新区分では線量依存は示さなくなったのである。
委員会の行った処理では、発がん率が原発事故の放射能に依存するかどうかということについて、2つの異なった区域分け(汚染程度に基づいた地域区分データとUNSCEARの推計甲状腺被曝量)により「放射線量に依存する」と「依存しない」という全く逆の結果を示すことになった。しかし、結果が180度食い違うことに対する科学的検討は何も無いまま、第13回甲状腺検査評価部会(2019年6月3日)「甲状腺検査本格検査(検査 2 回目)」は、「甲状腺がんと放射線被曝との間の関連は認められない」と断言した5①、②)。それ以前は「小児甲状腺がんと原発事故との間には関係が見いだせない」としてきたのだ。
福島県県民健康調査検討委員会甲状腺検査評価部会でのデータ処理には、科学的にきちんとした検討が施されておらず、「放射線との関係は認められない」という結論を出すために操作を行ったと判断されても仕方がない経緯を辿る。
(有病率は被曝線量と被曝してから確認までの時間に比例する)
1巡目の結果は県民健康調査検討委員会によっては、図6に示すように、がん(あるいはその疑い)の発生率のオッズ比が放射能汚染地域に依存はしていないことが示されている。
この「地域(放射線量に依存する地域)による差は明瞭には見られないとされた1巡目」の調査結果に付いて丁寧に分析した豊福正人氏6③)の結果を紹介する。全く同じデータについて、きちんとした科学的根拠に基づいた分析により県民健康調査委員会結論を否定する「地域の被曝線量と経過時間に比例する」という結果を導いているのである。
科学方法論の見地から特に強調すべきことは、データを科学的にまとめるに際して、現場データをありのままに具体的に示すことが死活的に肝要である。県民健康調査検討委員会は図6に示すように4群に多くくりして示している。これは個別データを提示することを割愛して集団化してしまっているのであるが、豊福氏は同委員会に直接問い合わせをして、原初データを得ている。それを示すのが図7である。
図7に示す分類が測定結果を示す正当なデータ分類である。科学方法論からは豊福氏の分類したデータが第一義的に科学の方法に適っている。これを4群におおくくりして示す県民健康調査検討委員会の方法は、恣意的な方法であり、結果を虚偽に導く可能性を含んでいる。
3月15日からの発がん等の有病率についての科学的一般論(豊福正人氏の見解)をまとめてみよう:
① 自然発生であれば、放射能汚染が異なるどの地域でも有病率は変わらないはずである。
② 放射線被曝が原因で甲状腺がんが発生したのであれば、有病率は放射線被曝量に比例するはずである。
③ 一つの地区で同じ条件/環境が維持されると仮定すれば、単位時間当たりの有病者発生確率は等しいはずである。従って有病者数は確認するまでの「経過時間」に依存するはずである。
④ 今回の事故による放射線被曝が関与するならば、放射能が噴出されてからの時間に有病率は依存するはずである。
先行検査・検査1巡目(2011年10月~2014年3月)の2次検査に於いて「がんもしくはがんの疑い」の判定を受けた時点を、被曝してから確認されるまでの「経過時間」として、経過時間はヨウ素131の大量放出が始った3月15日からの時間を取るべきである。 福島県は土壌汚染が高い地域から測定し始めている。例えば高汚染の川俣町、浪江町、飯舘村は3月15日からの経過時間9.5ヶ月、最も低線量の会津若松市は35ヶ月である6③)。これら経過時間の違いを標準化することによって、有病率が比較可能になる。
図7 ヨウ素が大量噴出した日からの経過時間で整理した地区ごとの有病者数6③)。
同一経過時間である群について整理すると16群に分轄できる。
豊福正人氏6③)は甲状腺検査評価部会提供のデータ(全59町村)に基づいて経過時間毎の16群に分け、有病者を10万人当たりに規格化した有病率を経過時間(3月15日からの時間)で除すという時間調整を行い、それぞれの地域の外部線量に対してプロットした6③)。その結果を図7に示す。
時間で規格化した有病率は外部被曝線量に正に相関していることが示されている。すなわち、被曝線量が増えると時間調整有病率は増加することが示された。
図7 豊福正人氏6③)による経過時間調整後の小児甲状腺がん有病率と外部放射線量。経過時間で調整した有病率は外部被曝線量と正の相関を持つ:外部被曝量が多いほど経過時間調整有病率が増える、のである。
図7中左上に数式があるが、P’は時間調整有病率(10万人当たりに人口調整された有病率をさらに経過時間で除す)であり、sは外部線量である。この数式は時間調整した有病率は外部被曝線量に比例する関係を示している。
統計上の指標として数式の下にある「R2」は決定係数と呼ばれ、データに対する推定された回帰式(この場合は「P’=38.8s + 2.41」という式)の当てはまりの良さを表す。
決定係数は0から1までの値をとり、1に近いほど、回帰式が実際のデータに当てはまっていることを表す。また、右下にある「p」は「p値」であり有意確率を指す。P値は統計的有意性の指標である。時間調整された有病率が外部線量に従うということを否定する確率で、値が低いほどこの依存性を否定する(外部被曝に従うことを否定する)確率が低いこととなる。通常の基準はp値が0.05より低いと統計的に有意であると判断される。図7で示されたp値は十分に低く、時間調整された有病率は外部被曝に依存することが有意と判断される。
豊福氏は小児甲状腺がんの有病率は外部線量と罹患確認までの経過時間の両者に依存することを確認し次式を得た。
有病率=α1*外部被曝線量 + α2*確認までの経過時間 + α3
係数値: α1=30.8、 α2=0.6 α3=―9.93
外部被曝は土地汚染度に比例すると仮定されている。
上式は、
① 有病率が外部被曝線量と確認までの時間の両者に比例することを示している。
② 両比例係数はプラスであり、被曝線量と経過時間が増えるほど有病率が増加することを示している。
③ これらのことは甲状腺がん有病率が放射線被曝によることを明瞭に示している。
図7により経過時間も外部被曝線量も人口に対する有病率も明確に得られる16群を個別のデータとして扱うことにより、有病率が経過時間と外部被曝線量の両者に比例することが確認できたのである。
科学的分析と一言で言うが、(甲状腺検査評価部会のように)原則を外した「科学的操作」は事実を否定することをも導出する。見せかけの「科学的操作」は許されないのである。
県民健康調査検討委員会の示した結果である図6に示された第1巡目の有病率が4区分の土地汚染依存に従わないとされた結果は、時間と放射能汚染に従う16区分の地域を4区分に集約してしまうことにより、真実としての「有病率が放射能汚染に従う」というトレンドを隠してしまっているのである。
福島県民健康調査検討委員会のデータ整理は4つの群に分けたのであるが、それぞれに経過時間も外部線量も人口も異なる市町村を含み、その平均値を取るという操作により、個別に独立に扱うべき物理量を混在させて平準化してしまったのである。その結果彼らのデータ整理では4区域の有病率が被曝線量に比例しないことになる。
福島県民健康調査検討委員会は、汚染度を反映した地域に対して明瞭に依存関係を示した2巡目のデータ(図6)に付いて、指標を「UNSCEAR推定による甲状腺被曝線量」に置き換えて、「原発事故に関係ない」と言う結論を導いた。同じデータでも科学的原則に忠実でない「データ整理」は事実認識を誤らせるのである。
上述の第13回甲状腺検査評価部会(2019年6月3日)の結論の導き方は甲状腺がんが「原発事故と関係ない」と見えるような見せかけの依存関係を作ることを目的としていると判断されても仕方のない「科学操作」をしている。
なお、潜伏期間に付いてはこの場合「最短潜伏期間」を考慮すべきであり、米国の疾病予防センタ―(CDC)は包括的レビューを行い、「小児甲状腺がんの最短潜伏期間は1年」と結論を下している6⑥)。福島県による1巡目の調査については、強汚染地域(9.5ヶ月~11ヶ月)はほぼこの条件に匹敵する期間であり、他の地域はこの条件を満たしている6③)。
地域ごとの有病率を人口と経過時間で基準化することで地域の被曝線量との間に正の相関が確認された。予想される合理的な結果である。即ち、小児甲状腺がんは事故による放射線被曝に原因する。
終わりに
国際原子力ロビーIAEAのシンポジウム「チェルノブイリ事故後10年8)(1996)」に於いて、「通常、人々は日常生活の中でリスクを受け入れる準備ができている。 彼らはそのような状況の中で専門家を信じており、当局の正当性に疑問を投げかけていない。」(p.519, Topical Session 6: Social, economic, institutional and political impact, in CONCLUSIONS AND RECOMMENDATIONS OF THE TECHNICAL SYMPOSIUM)
さらに、「被曝を軽減してきた古典的放射線防護は複雑な社会的問題を解決するためには不十分である。住民が永久的に汚染された地域に住み続けることを前提に、心理学的な状況にも責任を持つ、新しい枠組みを作り上げねばならない」(p.546, CONSEQUENCES OF THE ACCIDENT FOR THE FIELD OF RADIATION PROTECTION, in KEYNOTE CLOSING STATEMENT)と述べている(矢ヶ﨑克馬「放射線被曝の隠蔽と科学(緑風出版、2021」。
ここに述べられている「高汚染地に住み続けさせる」方針が「ICRP勧告2007」に於いて具体化され、そのまま福島原発事故に適用された。日本は既に市民に対しては「年間1mSv以上の被曝を与えないことを法律で約束している。歴史的意味合いに於いて特記すべきは、その法律をそのままにして、しかも国会などでの議論は何も無しに、20mSvの基準が適用され、帰還困難地区は50mSv/年以上とされたのである。 強制的避難の基準だけで無く、一切合切が年間20mSvの基準で行われた。汚染状況を市民に率直に伝えられることは無く、SPEEDIは隠された。パニックを恐れるとして安定ヨウ素剤さえ処方されなかった。政府、東電関係者、福島医科大学及び病院関係者には全員処方されたのにも拘わらず、市民は対象外とされたのである。
名古屋入管に於いてスリランカ女性のウシュマ・サンダマリさんが日本権力機構の目線で扱われ、死亡したのはまさに福島事故で日本市民に対して執行された権力による人権の無視なのである。
加えて、原子力ムラはこの政府/権力による人権無視を科学的な手法で、「正当なものだった」と隠蔽糊塗する手法がしつこく継続させている。事実を正反対に書き換える「科学的ねつ造」が上述のごとく繰り返されている。原爆の内部被曝を無いことにして組み立てられた「被爆者援護法」を合理化するために科学的に粉飾した「DS86」 第6章のように。
日本政府及び国会の放射線被曝に関する人権無視は即刻改められなくてなくてはならない。と同時に我々「国の主人公」として本来は守られねばならかった市民は、このことをどのように受け止めるのか?この国の人権状況を子や孫に伝えるのは主人公としての市民しかいないのである。今まで「戦争のできる美しい国」とするための憲法改悪を許さなかった市民は、必ずこのことに気がつくことと信じる。
参考文献
1) ウクライナ緊急事態省:「チェルノブイリ事故から25年:将来へ向けた安全性」
2011年ウクライナ国家報告2016(京都大学原子炉実験所翻訳)
2) A.V.ヤブロコフ等:「チェルノブイリ被害の全貌」(岩波書店、2013)
3) ①http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/info/20120913_2.pdf
②福島原発事故の真実と放射能健康被害 「SPEEDI甲状腺被曝調査の致命的ミスを今、暴露する!実測結果ま とめ」 https://www.sting-wl.com/speedi100msv.html
③Cardis etal.:Risk of thyroid cancer after exposure to 131I in childhood. J Natl Cancer Inst 97:724-732 (RS)(2006) JNCI Journal of the National Cancer Institute 98(8) ④Likhtarev et al.:Health Phys 1995 Oct;69(4):590
⑤山下俊一等:https://echo.colostate.edu/ess/echo/presentation/d6ddb666-85bd-48a3-8d83- a691910906be Lancet 2001 Dec 8;358(9297):1965-6. doi: 10.1016/S0140-6736(01)06971-9. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11747925/
⑥Tronko MD et al.: Thyroid carcinoma in children and adolescents in Ukraine after the Chernobyl nuclear accident: statistical data and clinicomorphologic characteristics. Cancer. 1999 Jul 1;86(1):149-56.
⑦環境省「甲状腺線量の比較」https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h28kisoshiryo/h28kiso-03-06-26.html
⑧原子力安全委員会事務局:小児甲状腺被ばく調査に関する経緯について(2012年9月13日) https://www.iwanami.co.jp/kagaku/20120913_2.pdf
⑨第24回県民健康調査検討委員会 福島調査・甲状腺がん疑い2巡目だけで59人〜計174人 http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/2059
4) ①山下俊一:「福島県における小児甲状腺超音波検査について」首相官邸
https://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g62.html
②UNSCEAR:2020報告書
5)①2019年6月3日 第13回甲状腺検査評価部会 資料1-2 https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/311587.pdf
②2019年7 月 8 日:第 35 回検討委員会:「甲状腺検査本格検査(検査 2 回目)結果に対する部会まとめ」
③朝日新聞(2021年3月9日)https://www.asahi.com/articles/ASP395JSWP37UGTB00H.html
④濱岡豊:福島甲状腺検査の問題点 学術の動向2020/3、pp34~
6) ①Tsuda et al.:Epidemiology 27 316-(2016)、津田俊秀ら:甲状腺がんデータの分析結果、科学87(2) 124-(2017)
②松崎道幸:「福島の検診発見小児甲状腺がんの男女比(性比)は チェルノブイリ型・放射線被ばく型に近い」
③豊福正人:「「自然発生」ではあり得ない~放射線量と甲状腺がん有病率との強い相関関係~」 https://drive.google.com/file/d/0B230m7BPwNCyMjlmdTVOdThtbEE/view
④矢ヶ﨑克馬:「甲状腺がんースクリーニング効果ではない」
https://www.sting-wl.com/category/福島原発事故と小児甲状腺がん
⑤矢ヶ﨑克馬:「多発している小児甲状腺がんの男女比について」 https://www.sting-wl.com/yagasakikatsuma21.html
⑥“Minimum Latency & Types or Categories of Cancer” John Howard, M.D. Administrator World Trade Center Health Program, 9.11 Monitoring and Treatment, Revision: May 1, 2013.
http://www.cdc.gov/wtc/pdfs/wtchpminlatcancer2013-05-01.pdf
7) ①USSR State Committee, 「The Accident at the Chernobyl Nuclear Power Plant and Its Consequences」, August 1986. ―A.
②Stohl et al.: 「Atmos. Chem. Phys. Discuss.」, 11, 28319 (2011)、 ③UNSCEAR (国連科学委員会) 2013 年報告書
8)ONE DECADE AFTER CHERNOBYL(1996, Vienna)
e-mail: yagasaki888@gmail.com
電話: 080-3187-5551
矢ヶ崎克馬
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