「黒い雨」訴訟 高裁判決をみる 内部被ばくに被爆者認定 援護行政覆す画期的審判 2021年8月24日【しんぶん赤旗より・くらし】
◆「黒い雨」訴訟 高裁判決をみる 琉球大学名誉教授 矢ヶ﨑克馬さん
◆内部被ばくに被爆者認定 援護行政覆す画期的審判
2021年8月24日【しんぶん赤旗より・くらし】
広島市への原爆投下後に降った放射性物質を含んだ雨をめぐる「黒い雨」訴訟。7月14日、広島高裁は、国が指定した区域外者も被爆者と認定しました。判決にその意見が反映された、琉球大学名誉教授の矢ヶ﨑克馬さんに、判決の意義について聞きました。(都光子)
黒い雨訴訟で、私はいくつかの意見書を提出し、法廷証言をしました。主張したのは主にふたつです。
ひとつは、黒い雨を降らせた雲です。低い位置で半径約18キロに広がる「水平に広がる原子雲」の存在を明らかにしました。北北西に風で流され、援護対象区域の約7倍の広さを持つ大瀧雨域あるいは増田雨域を裏付けます。国が認定していたのは「宇田強雨域」、爆心地から北北西に展開する長さ12キロ、幅6キロの楕円(だえん)形です。半径2キロの「被爆地域」は内部被ばくを無視して線引きされていました。
判決では、私の主張にたいする国側の反論を「矢ヶ﨑意見は、一般的な機序として不合理な点のないものであり、相応の科学的根拠に基づく有力な仮説の一つと認めるのが相当である」と断じ、国の科学的根拠を「失当」としました。
もうひとつが内部被ばくの存在です。
黒い雨による深刻な被ばくは、放射能を含んだ黒い雨に打たれたことによって放射性物質が体や衣服に黒いシミとなって残り、外部被ばくをもたらすだけでなく、放射能の埃(ほこり)を付けた食べ物を食したり、呼吸によって吸い込んだことによる深刻な内部被ばくがあったことです。
今回の判決で画期的だった部分は、認定条件を「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情」と定義したことです。昨年7月の一審では健康被害が出たことを条件にしていました。しかし今回は、たとえ黒い雨に打たれていなくても、空気中に滞留する放射性微粒子を吸引したり、地上に到達した放射性微粒子が付着した野菜を摂取するなどして放射性微粒子を体内にとりこんだりすることで、「内部被ばくによる健康被害を受ける可能性がある」としたのです。
判決は科学的・人道的で、これまで外部被ばくのみを被爆者として認定してきた被爆者援護行政の根本を、見直さざるをえない画期的な内容です。
反科学的な結論
私は2002年、ちょうど広島・長崎の被爆者による原爆症認定を求めた集団訴訟がはじまるころ、内部被ばくにかんする資料を読みました。1986年に出された、原爆投下後の残留放射線による被ばく線量を評価している「放射線量評価体系」(DS86)です。
この第6章とその「総括」が、あまりにも反科学的で虚偽の結論を導いていることに驚きました。9月に広島を直撃した枕崎台風で太田川が氾濫し、床上1メートルの濁流が爆心地一帯を洗い流したあとで、米占領軍が測定させたデータをもとに、現場が保存されていないことを無視し放射性降下物は事実上ないとしたのです。しかもこれほどまでにゆがめられた見解が正されてこなかったことに憤りを感じました。
内部被ばくが無視されてきた根因には、米戦略と、それに従ってきた日本政府によって放射線科学そのものが大きくゆがめられてきたことを指摘しなければなりません。内部被ばくの脅威をないものとすることで、核兵器が非人道的な兵器であることを隠しているのです。
放射線のリスク評価の国際的権威とされている国際放射線防護委員会(ICRP)は、日本政府も被ばく対策の指針としています。これは民間団体で、もともとはアメリカの放射線被ばく労働の管理をおこなう組織でした。それが戦後国際化されました。彼らは核軍拡・原子力発電推進派が必要とする「放射線リスクの受け入れ」を理論化するようになります。
そのなかでICRPは、意図的に放射線の影響を小さく見せてきました。
◆救済待ったなし
私の妻は胎内被爆者で、13年に急逝しました。
妻の知人たちが広島にたくさんいます。核廃絶と被爆者の正当な扱いが妻の一生のテーマの一つでした。「被爆者はみんな日々、放射能の恐怖におびえているよ」と言っていました。今回の判決を聞いて、きっと喜びいっぱいにカチャーシーを踊ったことでしょう。
被爆者認定をめぐり、内部被ばくを無視してきたために被爆者と特例受診者(第一種、第二種健康診断受診者)に分断し、線引き差別する仕組みがつくられ、このことで多くの被爆者が苦しんできました。
今回の判決でこの差別構造が破たんしたことになります。一人でも多くの被爆者を早急に認定し、特に長崎被爆体験者を救済し、放射線の恐ろしさを科学的に位置付けていく必要があります。
◆やがさき かつま 1943年生まれ。物性物理学者(理学博士)。琉球大学名誉教授。原爆症認定集団訴訟、長崎被爆体験者訴訟、黒い雨訴訟など法廷支援。著書に『放射線被曝の隠蔽と科学』(緑風出版)、『内部被曝』(岩波ブックレット)など。
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