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原発事故避難者通信第113号 77回目の慰霊の日に「人間生存の安全保障」を求む

皆々様 お元気でお過ごしでしょうか? 1 今日は、77回目の沖縄慰霊の日 平和の礎(いしじ)には24万人を超える方々が刻銘されている。 平和の礎に刻銘される方は次のようである。 ① 国籍を問わず、沖縄戦で亡くなったすべての人々 ② 沖縄県出身の戦没者 ア.満州事変に始まる15年戦争の期間中に、県内外において戦争が原因で死亡した者 イ.1945年9月7日後、県内外において戦争が原因でおおむね1年以内に死亡した者(ただし、原爆被爆者については、その限りではない) ③ 他都道府県及び外国出身の戦没者 ア. 沖縄守備軍第32軍が創設された1944年3月22日から1945年3月25日までの間に、南西諸島周辺において、沖縄戦に関連する作戦や戦闘が原因で死亡した者 イ. 1945年3月26日から同年9月7日までの間に、沖縄県の区域を除く南西諸島周辺において、沖縄戦に関連する作戦や戦闘が原因で死亡した者 ウ. 1945年9月7日後、沖縄県の区域内において戦争が原因でおおむね1年以内に死亡した者 沖縄戦等で亡くなられたすべての方、心身に傷を負ったすべての方に、哀悼の誠を捧げる。 矢ヶ﨑の連れ合いの矢ヶ﨑八重美は広島原爆での胎内被爆者であり、最も年の若い被爆者であった。2013年に急逝し、2014年の追加刻銘者として平和の礎にまつられている。 「一人一人が大切にされる社会」を目指して生き抜いた八重美の遺志を受け継ぐことを改めて誓う。 77回目の慰霊の日に当たって、最も強く訴えたいのは、軍隊は住民を守らないことである。 沖縄戦での住民の犠牲は95,000人。軍人軍属の3.3倍にも及ぶ。 軍人勅諭で「死は鴻毛より軽し」とされた天皇の戦では、住民は臣民であり、軍隊を支え、ともに戦うことが強制された。戦陣訓が住民に適用された。 軍隊は住民を守らない。「人間生存の安全保障」を破壊する、ということは、「侵略戦争」遂行の軍隊だから住民は守らないという意味だけではない。米軍の核の傘に依存する現日本政権の武力主義:「軍事費2倍増」は住民を決して守らないことを訴える。 ウクライナ危機を口実に軍事費を2倍にまであげることを米国に誓っている現政権が掲げる日本防衛では、完璧に住民には「人間生存の安全保障」が与えられていない。「人間生存の安全保障」を重視しない武力での安全保障は、機械的な意味で住民の犠牲を当たり前とする。『非常事態宣言』などは住民の生存権の制限に及ぶ国家の権力を合法化し「人間生存の安全保障」を破壊する現れである。 「武力で住民を守る」のはおとぎ話で、武力行使は常に住民犠牲を強制するのである。国家のメンツを保つには役立つかもしれないが、飽くまで「人間生存の安全保障」破壊なのである。 反撃能力(敵基地攻撃能力)を保持するミサイル基地が南西諸島に累々と築かれるが、南西諸島の住民には再び「沖縄戦」の悲哀を繰り返させられる環境が作られた。 反撃能力を強化する軍備増強で、沖縄および南西諸島住民が、必然的に犠牲を強要される事態を迎えている。 77回目の慰霊の日に際し国際紛争を武力で対処しようとする政治は止めないといけないと痛感する。 主権者は今自ら考え、確かめることを求められている。 「人間生存の安全保障」が与えられていない武力増強は危険を導入する。 「人間生存の安全保障」を重視しない武力での“安全保障”は、人間の生存権を無視する。 平和憲法で謳うように国際的な平和ゾーンを構成する等、武力によらない国際関係を作る政治で初めて安全が保障される。 日本住民の私たちは、現政権等の武力増強で住民が物理的に守られることはあり得ないことを肝に銘じるべきである。 反撃能力(敵基地攻撃能力)を保持するミサイル基地が南西諸島に累々と築かれるが、南西諸島の住民には再び「沖縄戦」の悲哀を繰り返させられる環境が作られたのである。 反撃能力を強化する軍備増強で、沖縄および南西諸島住民が、必然的に犠牲を強要される事態を迎えている。 77回目の慰霊の日に際し国際紛争を武力で対処しようとする政治は止めないといけないと痛感する。 主権者は今自ら考え、確かめることを求められている。 平和憲法で謳うように国際的な平和ゾーンを構成する等、武力によらない国際関係を作る政治を痛感する。 日本住民の私たちは、武力増強で住民が守られることは無いことを、納得すべきである。 2 どうしても納得いかない!「人間生存の安全保障」が無い国連機能 沖縄県民であり、被爆者家族としての被害的立場から抗弁する。 国連憲章の前文には 前文 われら連合国の人民は、 われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、 基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、 正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、 一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること(後略) とある。紛れもなく人民の戦争惨害をなくすことをまず掲げている。 前文の訴えは紛れもなく「人間生存の安全保障」を訴えている。 それにも拘わらず「人間生存の安全保障」は以後一貫して謳われていない。 否、「人間生存の安全保障」という概念さえ無い。 それは、国連は「国家の安全保障」を行うことを全ての前提としているからである。「国家により住民は守られる」ことを前提条件としているのである。 自衛権は住民の安全、国家主権の保持、国土の保全等を目標とする。 しかし最も重視しなければならない「人間生存の安全保障」は国家のメンツに潰されてしまう。 国連憲章の組み立てを見るとどこにも「人間生存の安全保障」が保障されていないのである。 国連機能の最も重要な機能は第1章の第1条等に明記される。それは平和に対する脅威、平和および安全の維持を危うくする虞れに対する交渉、審査、仲介、調停、である。 第1章 目的及び原則 1条 1. 国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並び に平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。 第2条 3. すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決しなければならない。 4. すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立 しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。 第6章 紛争の平和的解決 第33条 1. いかなる紛争でもその継続が国際の平和及び安全の維持を危くする虞のあるものについては、その当事者は、まず第一に、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的機関又は地域的取極の利用その他当事者が選ぶ平和的手段による解決を求めなければならない。 ところが実際に武力紛争等が生じると、侵略等に対する自衛のための武力行使が「権利」として位置づけられている。 が、紛争解決のための「交渉、仲介、調停、」等が一切謳われていないのである。 交渉や調停などは武力行使が始る前までは一番必要な平和的解決のために位置づけられているが、武力紛争が始ると「相転移」しまうがごとく無くなり、自衛のための武力行使が権利として謳われることに留まる。 自衛のために武力行使というが、大昔のように刀かせいぜい弓矢で戦闘員(武士)が抗戦するのと違い、空襲やミサイルや近代的兵器の行使は必然的に非戦闘員の命と街を破壊することに繋がる。これを承知で、武力行使の合法化の「自衛」とはいかなるものであろうか? 哲学として第二次世界大戦の教訓をどう位置づけるか? 武力による決着点を探ってますます、住民の犠牲が強制される武力対決が進む。 国家の安全保障」と「人間生存の安全保障」の位置づけの違いが悲劇を拡大する。 この違いは、例えて言うと、核兵器に対する「NPTでの管理」(核保有国の武力である核兵器を正当化し、それ以外の国に核兵器の拡散を防ぐ)と「核兵器禁止条約」により全面的に核兵器を廃絶しようとする体制ほどの異なりがある。 国連の容認する組織では無いNATO等の軍事同盟は武器を供与して「自衛権の戦争」を支援する。米英NTOの代理戦争のような様相を呈する。 ロシアに制裁を科すが、敵対的対決であり、ロシアの脆弱化と孤立化を狙う。同時に世界の最も弱い人々がとばっちりを受ける。 しかもこの方法は「侵略行為の中止はロシアの判断に委ねる」というものだ。 国連上げて「休戦協定」の外交/調停を行い、一刻も早く「人間生存の安全保障」を即刻にも勝ち取るべきである。 国家主権と領土保全を前提に「人間生存の安全保障」を最優先するのである。 国連憲章違反の侵略は「有無を言わず直ちに撤退せよ」が原則的捉え方であるが、それが故に現状では、「侵略中止」はもっぱらロシアに委ねられているという事態を打破する手段が無い。 第7章 平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動 第51条 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又 は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。 77回目の慰霊の日に際し国際紛争を武力で対処しようとする政治は止めないといけないと痛感する。 主権者は今自ら考え、確かめることを求められている。 平和憲法で謳うように国際的な平和ゾーンを構成する等、武力によらない国際関係を作る政治で「人間生存の安全保障」を確保しないといけないことを痛感する。 日本住民の私たちは、武力増強で住民が守られることは無いことを、意識すべきである。 現実問題として、武力で日本を守るという蛮行を、今すぐ止めさせることを念頭に置かねば取り返しの付かないところに至ることを意識すべきである。 (2022年6月23日)矢ヶ﨑克馬




 

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